モンスターカスタマーを生まない為に

モンスターカスタマー
最近、モンスターペアレントという言葉から派生して、理不尽な要求を突きつけるお客様の事をこう呼ぶようになりましたよね。「しまむら」の店員さんに土下座をさせて、ツイッターにアップした事例なども記憶に新しいところです。要求がどの程度以上理不尽だと「モンスター」という栄えある称号を獲得できるのかは判りませんが、お客様商売をしている以上、出来れば一生絡みたくない種類の人種だろうと思います。

さてこのモンスターカスタマー、彼らを生んだり育てたりしているのが、実は売り手自身だと言ったらあなたは信じますか?お店などでのお客様への対応ひとつで、モンスターカスタマーの発生を限りなくゼロに近づける事も、逆にモンスター達を狂暴化させる事も出来るのだとしたら、その違いはいったい何なのでしょうか。

 

モンスターペアレントとも共通する、お客様との関係性

まず大前提としてお伝えしたいのは、モンスターカスタマーと呼ばれる人達の多くは、決して特殊な人間性を持った「限られた人種」ではないという事です。モンスターと称されるくらいに要求が肥大するかどうかは別にして、そのきっかけは、私にもあなたにも、おそらくすべての人に起こりうるような些細な印象や出来事から始まります。

モンスターカスタマーが生まれるきっかけ、それは売り手と買い手の関係が「イーブンではない」という錯覚を起こす事で始まります。「お客様は神様でございます」という気持ち悪い言葉がありますが、売り手と買い手の双方が「買い手のほうが偉いから立場が上、売り手が下」「お客様が商品を買ってあげてる、売り手は買って頂いている」「商売の主導権はすべて買い手が握っている」と考えているだけでなく、実際にそのように振舞う事で問題は発生・肥大していきます。「売り手と買い手の双方が」と書きましたが、この錯覚を起こさせる原因の多くは売り手側、すなわち私達商売人が自ら引き起こしている場合がほとんどなんです。

例えばモンスターペアレントと呼ばれる人達がいますが、発生の経緯はこれに近いと言えます。先生と生徒という関係、これはそもそもイーブンな関係ではありませんよね。少なくとも昔は、常に「先生」と呼ばれる立場の人間の方が偉いという認識でした。医者しかり、弁護士しかり、「先生」と呼ばれる種類の職業は、私利を超えて人の役に立つ「尊い職業」という認識だったはずです。ところが学校の「先生」だけがいつの間にか、尊敬の対象どころか対等を超えて「力のない、下に見ていい対象」だと認識する人達が現れた、またはそういう空気が生まれたわけです。

そこに至った原因は様々あって複合的です。子供をしつける親の認識がズレていたり、尊いはずの先生の不祥事が毎日のようにメディアで流され尊敬の対象から外れてしまってたり、いくつもの要因が重なっていますが、私が個人的に大きな引き金になったと感じているのは「先生が生徒に手をあげる行為を『人として』ではなく、違反したら教育委員会から怒られる『ルール』として禁止した」という事だと感じています。先生同士が内部研修などで、教育方針として「生徒を叱る時に手をあげちゃダメだ」と指導しているのではなく、世間に向かって「教師は体罰を加えません」と事実上の宣言をしてしまったわけです。

念の為に言っときますが、私は体罰推進派ではありませんよ。ありませんが、この宣言で少なくとも、教師と教え子の「ひと対ひと」の関係はイーブンでは無くなりました。誰かを殴る・殴らないなんて話は、最終的には双方を法律で平等に裁けばいいだけの話なのに、教師側にだけ「別枠のペナルティ」が出来たんですから、最初から教師が置かれた立場は不平等ですよね。保護者や生徒が、先生に何を言っても何をしても、それに対して教師が少しでも過剰に反応すると「もっと偉い人」から怒られるという、弱みを握られた中間管理職みたいな立場が今の「教師」です。生徒を殴る・殴らないよりも、それを堂々と法律以外の外部から規制された「何をしても手をあげる事のない、弱い立場の人達」という認識になってしまったというわけです。

しかも、体罰を公然と禁止したかわりとして、言葉で教え諭し生徒を導くコーチングやカウンセリングのスキルとか、情熱で生徒にぶつかる熱血指導法でも身につけさせたのならともかく、どうやらそういう代替策もない。ただ単に公の場で、数少ない原始的な武器を封じられただけです。生徒に手を上げたら問題になる、それを弱みだと認識して子も親も調子に乗る。教育者なのに怒っても怖くないし叱っても響かない、では代わりに指導方法が優れているのかと言えばそうでもない、未成年の犯罪者が「ボクが人を殺しても死刑にはならないんでしょ」って言うのと同じ感覚ですよね。そりゃナメられますよ、人を導くスキルを持たない一部の教師は。

 

ただへりくだるだけで、お客様に望む関係性が見えてこない接客対応

長々と専門外の事を書きましたが、お客様の要求が理不尽に肥大するきっかけとなるのは、おおむねこれと同じパターンです。売り手と買い手がイーブンではない、お客様が「あ、私の方が偉いんやな」と勘違いする状況、変な言い方ですがお客様の「付け入る隙」を、売り手自らが作る事で錯覚がはじまります。

・「必要以上」に、お客様にへりくだる
・売り手サイドに「これ以上の要求は呑まない」というガイドラインが無い、またはあっても売り手個人によって線引きが大きく違っていて一貫性がない
・クレームなどでの特例措置を、特例だと充分に伝えず行ってしまう
・お客様とのパートナーシップが感じられず、お金さえ払えばお客様だという認識に、双方がなってしまっている

例えば「ゴネ得」なんて言葉がありますが、実際にはちょっとしたクレームでも、お店に文句を言った時に必要以上にへりくだった対応をされてしまったり、そこで過剰な優遇措置をとられるような経験をしてしまうと、誰だって「そういうお店のスタンス」だと認識してしまいますよね。次回の来店時に「過剰ではない、適切な対応」をされても、今度は「前回はこんな事してもらいましたけど!?」「あの人はやってもらってましたやん!?」「私、常連ですけど!?」みたいな感覚になるのは、ある意味当たり前の反応なんです。

誰だってそうなり得るわけです、モンスターと呼ばれるほど感覚が麻痺し要求が肥大するかどうかはお客様の性質にもよりますが、発生の原因やきっかけを作っているのは売り手側対応の「一貫性の無さ」である場合が非常に多いという事です。

 

お客様と末永く続くWIN-WINの関係を築く為に

売り手側が一貫性のある対応をとる為には、まず「どんなお客様を相手にしたいか」「その方々に、何をどこまで、どのようにして差し上げるか」という企業単位での基準を明確に認識し、従業員全体で共有する必要があります。ビジョンや理念に沿う、立ち居振る舞いのガイドラインを売り手全員が共有し、お客様同士がお互いに受ける待遇を見た時に「理由が伝わらない不平等さ」を感じない、快適な環境にする必要があります。お客様に対して出来る事やすべき事は売り手の誰もが誠心誠意行う、出来ない事は「出来ない」と毅然と断る、特例で行う対処は特例である事を充分に伝える。不用意にへりくだったり媚びへつらう事がお客様を大切にする事では決してありません、一貫性のある行動指針が結果的に「大事にしたいお客様」を集めることにつながるわけです。

商売は「商品とお金の対価交換」ですよね。長期的にリピートされる、お客様との良好な関係を望むのであれば「満足度も対価交換」である必要があります。一言でいえば「買って頂いている」と「売って頂いている」が共存する関係、売り手と買い手がお互いに「ありがとう」と会計時に言い合える関係、お客様と主従関係があるのではなく「パートナーシップ」がある状態です。

私達商売人にとってのお客様は、とても「ありがたい人」ですが、決して「えらい人」ではありません。お客様は神様でもなければ悪魔でもない、売り手と買い手が相互に選び合った「ひと」です。売り手が扱いを間違えるから、一部のお客様が神様や悪魔のように振舞うだけの事なんです。売り手は、売るモノと、それを喜んで買ってくださる相手、接客対応を含む売り方を明確に定義し、決めた内容に対しては自信と責任を持って遂行しましょう。何でも「ハイハイ」と言うことが、お客様に寄り添うことにはならないということなんです。