ビジョンの無い「場当たり経営」が、顧客満足や従業員満足を阻害する

個人情報の漏洩や賞味期限改ざん、異物混入などの問題が発覚した際、本来なら信頼回復のチャンスとなるはずの企業初期対応や記者会見があだになるケースが散見されます。単純に危機対応の手順を誤ったという見方も出来ますが、企業側の消費者に対する姿勢が初期対応や会見内容から露呈することで、結果的に消費者感情を逆なでしている場合がほとんどです。中小・個人事業主である経営者が同じ轍を踏まない為に、この問題から売り手のスタンスについて読み取ってみましょう。

 

開業準備の綿密さと、開業後のギャップ

事業を興す際には必ず、何かを売って「商売をしよう!」と決断するきっかけがあります。最初に売りたいモノありきでスタートする場合もあるでしょうし、はじめに「商売をしたい」という願望ありきで商材を探す場合もあると思いますが、とにかく商売をすると決めた日から準備が始まります。

商品を決め、仕入れ方法を決め、屋号を決め、売る場所を決め、実店舗であれば内外装を決め、価格を決め、スタッフが必要なら人数を決め、販売開始日を決め、宣伝方法を決め、それらの決定に伴う契約や備品の購入など雑多な作業に追われ、ヒーヒー言いながら販売開始の時を迎えます。「ワクワクにしてバッタバタ」準備期間は正にこういう表現がピッタリくる感じで、販売開始というXデーに向け、何とも慌しく忙しい日々を送ります。

そして晴れて販売開始となり、事業主としての第一歩を踏み出す事になるのですが、売り始めたら売り始めたで今度は「お客様が来ない」だの「従業員が足りない」だの「クレームが多い」だのといった、様々な問題が発生します。目の前で起こる問題を解決する為に、対応を迫られ続ける事になります。

 

リアクション芸人ばりの対応になりがちな、開業後の施策

さて、経営者は日々変化していく状況や環境に、対応・適応していく事を求められますが、どの選択肢を選ぶのか、そしてその根拠をどこに求めているのかで状況は大きく違ってきます。販売開始までを具体的なゴールに設定して商売を始めた人にとっては、開業後に起こる現象は全てゴール後に起こったアクシデントです。対応策や方針を綿密に準備していませんので、リアクションで対応する以外の選択肢がありません。

お客様が来ない ⇒ チラシを打とうかな
従業員が辞めていく ⇒ 新しく募集しなきゃ
クレームが出た ⇒ 何とか穏便に済ませよう

一つひとつのリアクションは間違っていないでしょう。おそらくその状況で一番良いと思った対応をするとは思いますが、リアクションはどこまで行っても所詮はリアクションでしかありません。何かが起こった事に対して、ただ反応しているだけです。例えるなら、オセロゲームを覚えたての人のゲーム展開が、販売開始をゴールに設定して商売を始めた人に近いと言えるかもしれません。

オセロゲーム初心者のゲーム展開には戦略がありません。相手の黒で持ち駒の白がひっくり返されたら、その時一番多く白に反転させられる場所にコマを置く、という行動を繰り返します。コマを置くごとに形勢が逆転し、一見スリリングで楽しいですが、先は見えず最後がどうなるのかというイメージは当事者自身にもありません。おそらくあるのは「勝てたらいいな」という漠然とした期待感だけでしょう。

ところが、このオセロゲームに最後の駒を置いた盤の状態をイメージしてゲームに臨む人、要するに勝つ事をゴールにしている人の試合運びはそれとは全く違います。対戦相手が一手ごとに新しい不利な状況を作るという状況に変わりはありませんが、最終的に自分の駒が多いという状態を目指して試合をする人は、ただリアクションをとるというような行動をしません。何手も先を読み、最後に勝つ為に、一度に5枚返せる場所には駒を置かず、あえて今回は1枚しか返せない場所に置いたりしますよね。

 

店舗経営に必要なのは「リアクション」ではなく「アクション」

この違いは「最終的にどうなりたいか」というゴールに対してのビジョンが明確な事、そしてそのビジョンを達成する為には何が必要で、何が障害となっているかを把握しているかという具体性の差です。同業他社が商品を値下げしたからうちも下げる、クーポンチラシを撒いたから同じように撒く、これらは一見すると商環境に適応しているように見えますが、実は同業他社の戦略に巻き込まれているだけしかありません。目先の現象に反応しているリアクションに過ぎず、その延長線上に経営者が望むゴールは存在しません。

商売のスタイルを、受動的なリアクションから能動的なアクションへとシフトする為には、理想とする商売の最終形態をビジョンとして具体的にイメージする必要があります。と同時に、お客様や従業員など商売に関わる人達に対して「そのビジョンを実現する為には、どう振る舞う必要があるか」という関係性の構築が必須となります。

商品価格が高くても喜んで買って頂けるような、品質と人的サービスをお客様に提供しようと決めて実践している企業は、競合他社が値下げを断行しても追従する必要がありませんし、高い人的サービスを実現する為にはアルバイトが働き甲斐や誇りを感じる職場環境が必要だと理解しているお店は、時給の高い低いを問わず離職率は低い傾向にあります。具体的なビジョンをもって商売に臨むと、リアクションで経営判断をする機会が著しく減少します。

 

「売るまで」ではなく、「売り続ける」ことをゴールに、すべての施策を考えよう

燃えてから火を消す消火と、火事を起こさないようにする防火。病気になって医者に頼る治療と、病気にならないよう努める予防。経営の健康状態においても、望ましいのはもちろん後者です。後者である為には、商売を通じて手に入れたいと願う理想の健康状態である「ビジョン」を持ち、それを達成する為のアクションを日々の営業活動に仕組みとして組み込む必要があります。

ビジョンを実現する為には多くの場合、長期にわたってお客様や従業員と良好な関係を築く必要があります。両者と良好な関係を築き、それを継続させるというスパンで経営に取り組めば、短期視野でその場しのぎのいい加減な対応は出来なくなります。少なくともトラブルが発生した際に、消費者の目に保身やいい訳にしか映らない対応をする事が、どれだけ今後の経営にとってリスキーであるかは理解出来るようになるでしょう。

企業の経営に対する理念やビジョンの見えない「場当たり経営」は、顧客満足や従業員満足を著しく阻害する原因となり得ます。商品や顧客に対する一貫したスタンスが感じられない売り手の立ち居振る舞いは、やがてコアなファンさえも遠ざけてしまいます。経営にはビジョンをもって臨みましょう。場当たり的な商売に振り回されたいお客様や従業員なんて、どこにもいないんですから。