経営者の人材教育に対する誤解が、従業員の成長と定着を阻害する

どもっ!商売力養成コンサルタントの福谷です。

 

スポーツ選手やミュージシャンなど、脚光を浴びてスターダムにのし上がる人が現れると、突然「アイツはオレが育てた!」みたいな人が出てきますよね。

いやぁ~、ウサン臭い(笑)

スターになった本人から「あの方にはホント鍛えてもらいました」って言い出すならまだしも、育てたほうからソレ言うてしもたら台無しですやん! と、見るたびに思うわけです。

 

人材は「育てる」のではなく「育つ環境を整える」

「人を育てる仕事」と言われるものには、いろいろあります。

職場の先輩や上司、教師、コーチやトレーナーはもちろん、迷いや悩みを解決し未来を切り開くお手伝いをするという点で言えば、カウンセラーや占い師、私のようなコンサルタントも含まれるかもしれません。

新卒の社員が営業部に配属されて、教育係としてチームを組んだ先輩がいれば、表向きは先輩が新入社員くんを「育てた」というテイになりますね。

 

さて、誰かに物事を教える技術、いわゆる「トレーニングスキル」というものは厳然と存在します。

教えるのが上手い人と、教えるのがヘタな人という線引きも、もちろん明確にあります。

しかし、それでもあえて言いたいのは、人材育成は、誰かが誰かを外圧で「育てる」ものではなく、新人さん個々の資質や適性が最大限に開花するように「育つ環境を用意する」ものだということです。

 

トレーニングスキルというのは、その大きな環境を構成するパーツ、一部でしかありません。

「アイツはオレが育てた!」なんて感覚は、私に言わせればとんだ驕り、うぬぼれです。

うぬぼれ程度で済めばいいですが、人材育成をトレーナー個人のスキルに頼って「誰かが、誰かを育てる」という空気を良しとしている組織ではは、充分に資質や才能を開花させずにくすぶったままの従業員や、こころざし半ばで退職してしまう「元同僚」を必要以上に生み出していると考えられます。

本来ならもっと能力を発揮しているであろう同僚のポテンシャルを奪い、別のアプローチで接したら辞めずにすんだかもしれない新人を退職に追い込んでいるという、人材という資源にとっても、それにかかるコストにとっても、非常に大きなロスを生んでいる可能性があるわけです。

 

新人の教育担当者が、必ずしもトレーニングスキルを備えているわけではない、という現実

では、お店や会社が、新人個々の資質や適性を最大限に開花させる為に「貴重な人材が、きちんと育つ環境を用意する」というのは、いったいどのような状態なんでしょうか。

たとえば、あなたのお店や会社に入ってきた新人さんに仕事を教え、一人前に育てる為に「必要なモノ」って何でしょう。

・作業を書いたマニュアル
・それを教えるトレーナー役の同僚または上司

こうして文字にすると「たったそれだけ?」って感じる方もいると思いますが、実際にはこういう職場って多いと思います。

従業員数が少なかったり採用頻度が低いお店などは、マニュアルなど作業手順が明文化されたものが存在しない職場も数多くあります。

 

確かに、このふたつさえあれば、知識として仕事を教えることは出来ます。

しかし、この組み合わせだけで人材を育てる環境には、新人が途中で脱落しやすくなる、様々な懸念事項があります。

・トレーナーさんは、なぜトレーナーに選ばれたんでしょう、仕事の知識があるから? 経験があるから? 人望があるから?
・彼はトレーニングに必要な技術やテクニックを充分に習得していますか? それとも、ただ「仕事に詳しい」だけですか?
・彼は老若男女を問わず、誰に対しても適切な接し方が出来ますか? 苦手なタイプはいませんか? そういう時は苦手意識が表情や態度に出ませんか?
・彼は新人さんが最終的にどうなればゴールかを知っていますか? どこまでを自分が教えればいいかを知っていますか?
・マニュアルはまったく知識のない人が読んでも解りやすく書かれていますか?マニュアルが無い職場では、トレーナーがわかりやすく作業を説明しているでしょうか?

マニュアルの出来とトレーナーとしての適性、たったふたつのアイテムだけでも、これくらいの確認事項や課題が出てきます。

 

人材教育の仕組みが整備されていない組織の場合、トレーナーになるのは、ただ単に仕事を知っているだけだったり、たまたま同じ時間帯に働いているからというだけだったりします。

もちろん教え方なんて学んでいません、自分が新人だった頃に教えられた記憶をたどっているだけです。

トレーナーから見て年上だったり、性格的に苦手なタイプの新人さんを教える時のトレーニング効率は、明らかに落ちるでしょう。

「トレーナーの人選が……」とか「トレーナーとしての教育が……」という問題意識はあったとしても、まずそれ以前に他の選択肢が無い、要するに「たまたま先輩になってたり、同じ時間帯に入ってるだけの人をトレーナーにせざるを得ない」という現実があるわけです。

特に「組織」というほど大きくない、個人経営に近い規模のお店でなどは、このようなケースがほとんどです。

 

部下を育てることが、すべての従業員の重要な仕事の一部

せっかく採用した人材を無駄に潰したくないのであれば、トレーナーとしての適切な人選と、トレーニングスキルのカリキュラムを組織内に用意し、運用するのは必須です。

しかしそれでもなお、特定の個人に頼って仕事を教えるという環境には限界があります。

なぜなら、トレーニング担当者の個性や個人的なスキルだけでは、教育レベルの恒常性が保てないからです。

 

トレーナーが何らかの事情で辞めてしまえば新人教育の場は崩壊しますし、数か月間もの間、完全なマンツーマンで教え続けるという環境も保持できないでしょう。

トレーナーがどんなに「いい話」をしても、研修後にモラルの低い他の従業員の影響を受け、徐々に軌道がズレていく新人さんも珍しくはありません。

最低限のトレーニング期間が終わった後も、自主的に学ぶ、盗む、考えるという姿勢を維持できる環境がないと、現状で満足して成長が止まってしまう人もいます。

人間は放置しても勝手に向上していくほど誘惑に強くはありませんよね(笑)トレーニングは知識の移植だけでは完結しないんです。

 

貴重な人材が、個々の資質や適性を最大限に開花させる為に必要な環境とは、職場そのものが「人材育成センター」として機能している状態です。

商品を作る、売るという商売本来の機能がある職場に「人材の養殖場」としての機能を併設してしまうというニュアンス、もっと端的にいえば「人を育てることが、すべての従業員の重要な仕事の一部」になっている組織です。

・新人を育てる事の、意義を周知させる
・新人は仕事の効率を下げる邪魔者ではなく、チームの協力者であり期待の星だという全体認識
・上記を前提とした、新人が緊張しないウェルカム感あふれる職場の雰囲気や、先輩の「人当たり」のコントロール
・初期研修後のフォローアップなど、明文化された社内制度
・人が育つ事、同僚の成長に協力する事への明確な評価制度

これらを社風とし、企業風土として定着させることで、職場ははじめて「ひとが育つ環境を手に入れた」といえます。

 

庭にアサガオを植えたら、花が咲くのを楽しみにして手入れしますよね。

ペットを飼ったら、名前をつけて可愛がるでしょう。

子供が産まれたら将来を夢見て、できる事は何でもやってあげようと思うはずです。

「育つことを願って、出来ることは全部やる」というスタンスが職場全体にあるからこそ、そこに入った新人は伸び伸びと育つわけです。

 

人を育てるのも腐らせるのも、そこで働く「ひと」次第

人が伸び伸び育つ職場もあれば、まばたきしたら従業員が入れ替わっているくらい(笑)ガンガンに辞めていく職場もあります。

人が続かない職場に限って、アイツは根性がないだの適性がないだの、自分達が採用した事実も自分達が作った環境も棚に上げて、辞めていく人材をこき下ろしています。

求人で事実と違う「いい事」だけを並べた「詐欺的募集」をしない、トレーナーには正しい知識とトレーニングの手順を教育する、仕事と評価の関係を透明化する、人材の採用から育成までの肝はいくつもありますが、結局のところはお店や会社に関わる全ての人たちが、彼らの成長にどれだけ関心を抱けるかがベースとなります。

自信を持って採用した新人さんを、一丸となって育てようという姿勢が職場には必要ですし、その想いが「人が育つ環境」を形成するんです。

 

社是に「人材」を「人財」なんて書いてイチビってる暇があったら(笑)まずはその「財産」を本気で育てる覚悟と環境を、職場に用意しましょう。

見込んだ人材が育つ喜びは、本気で誰かを育てた経験からしか得られません。

だからこそ、一人でも多くの従業員に同じ経験をさせる仕組みと企業風土が必要なんですね。