残業規制で過労死事件は抑止できない -従業員保護の為にも再発防止策にこそ『逃げるは恥だが役に立つ』な社内制度を

過労死事件の再発防止策にこそ、『逃げ恥』な社内制度を

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電通の過労死事件で提示された再発防止措置の有効性を『おざわせんせい』を読みながら考えてみました。

目次

電通の過労死事件は、電通だから起こった特殊な事件ではない

『おざわせんせい』は、昨年他界した博報堂のクリエイター、小沢正光さんの語録として2014年に出版されました。「『もうできません』って言ってるやつは、まだまだ平気だよ」「仕事を減らそうと思ったら、周りが本気で気の毒に思うまで仕事を増やすしかない」「ここは戦場、お前は兵隊」「言葉で殺されたいか? それとも、拳で殺されたいのか?」といった言葉を浴びせられて育った後輩クリエイター達のコメントを添え、もとは社内用に作ったものが編集者の目に留まり一般書籍となったものです。

電通の女性社員が過労死自殺をした事件は記憶に新しいですが、事件を受けて同社が従業員用手帳からの削除を決めた『鬼十則』どころではない、良さも悪さも内包したクレイジーな職場環境が本書から想像できます。共通するのは、どちらも広告代理店という商業クリエイティブの代表格であり、柔軟な発想で新しいものを生み出す創造の場であるにもかかわらず、その職場環境は気合と根性を求められる体育会系、または軍隊系だということです。電通だから起こった特別な事件ではないと言えるのかもしれません。

過労死事件後に提示される再発防止措置に見る、致命的な落ち度

今年の1月20日、電通は被害者である女性社員の遺族との会見の中で、鬼十則使って過度の精神主義を強調するような労務管理、新人研修をしない取り決めや午後10時消灯を含む、18項目におよぶ再発防止措置について発表しています。

『再発防止措置は18項目。社内で常態化していた長時間労働に歯止めをかけ、社員の心身の健康を守るための取り組みが並ぶ。とくに重要なのは、会社が社員一人ひとりの労働時間を正確に記録し、勤務実態を正しく把握するための具体策を示した点だ。(中略)社員が自己申告した始業・終業時刻とゲートの通過時刻に30分以上差があれば理由を調べるといった具体策が示された。(中略)仕事に不慣れな新入社員の過労を防ぐ措置も盛り込まれ、(中略)社内の飲み会などの負担の見直しも明記された。
朝日新聞デジタル 電通は変われるのか? 防げるか過労死・過労自殺 2017/01/30』

確かに過労死が長時間労働や過度のストレスによって引き起こされると定義するならば、残業の規制や休日の強制取得など、労働時間を制限することで一定の効果は得られるかもしれません。強制的にでも労働時間が減少するなら、肉体的な疲労は軽減されるでしょう。しかし、それでもなお私には、今回の再発防止措置は対処療法的で根本的な改善にはつながらないのではないかという不安があります。

一番の理由は、労働時間に規制をしているにも拘らず、労働の元となる、一人当たりの仕事量の調整について明言されていない点です。単純に既存従業員の総労働時間が減れば従来通りの仕事量はこなせません。減収覚悟で受ける仕事を減らすか、減益覚悟で従業員数を増やすか、既存従業員にそのままノルマとして詰め込むのか、どれを選択するかで結果はまったく違ったものになります。そして前者の2案が再発防止措置で明言されていない場合は、既存従業員は結果的に最後の1案を選ばざるを得ないということになります。

早く帰れと言われたところですべき仕事が減らないのであれば、多くの従業員は仕事の完遂を優先するでしょう。午後10時に会社が消灯しても、持ち帰り残業が『原則』禁止なのであれば、家に持ち帰って仕事を続けることは充分に考えられます。これでは肉体的な疲労どころかストレスを軽減することにもつながりませんし、サービス残業という新たな問題を引き起こす恐れがあります。

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茹でガエルになる被害者を救う為に必要な、社内制度としての退職意思確認

また、これは過労死事件全般に言えることですが、明らかに過度の労働とストレスを自覚しているはずの被害者が、死に至る前に自ら退職するという選択肢を採らなかったという事実についての認識の甘さです。よく「死ぬくらいなら会社辞めればいいのに」という意見を耳にしますが、ストレスや疲労を自覚しながら自殺を選んでしまう被害者が後を絶たない現状を見るだけでも、実際にその立場に立つと退職という選択が、外野の立場にいる私たちが考える以上に難しいのであろう、という想像はつきます。

体育会系気質が強い職場であれば、真面目な新人にとっては逆らう術もないでしょうし、今回の場合は、電通で働くこともクリエイターとして認められることも、一部の若者にとっては憧れの企業であり職種であったことがアダになってもいます。人気芸能人やアーティストに休みがなくても誰も責めないように、サラリーマンと言えどクリエイターでもある電通社員の先達が、大きな自己犠牲を伴いながら世の中を賑わせる作品を生み出してきたという歴史も、被害者の「逃げる」という選択肢を奪う一因だったとこが考えられます。

この問題を解決につなげる可能性があるとすれば、肉体的または精神的な状態を検診やストレスチェックなど医学的な立場で判断し、強制的に組織から排除する基準を設けるか、定期的かつ積極的に、従業員に退職の意思を確認する以外にないでしょう。どちらも経営陣が、従業員の疲労困憊した状況を知った上で働かせ続けているのであれば論外ですが、従業員を過労死させたという報道が及ぼすダメージを避けたいのであれば、制度として取り入れるべきでしょう。

医学的な判断は客観性を伴いますので、職場から強制的に離脱させることは双方にとってメリットがありますし、従業員に対して定期的に退職の意思を確認するという行事の励行は、退職するという選択肢を思い出させるという点では効果が期待できます。特定の人間にだけ行うと肩たたきのように映りますが、制度として全員に対して定期的に雇用関係の継続を望むかどうかの意思確認を行うことで、心が折れ切る前の段階で「逃げる」という選択肢を思い出させることは可能と考えます。

逃げるという選択肢を与えることが、結果的に企業のリスクを軽減させる

組織には等しく、過労や過度のストレスを与えない職場環境の構築が求められますが、職種によって肉体的疲労も感じるストレスもまちまちです。A君は耐えられるがB君は耐えられない、というような個体差による事故は、残念ながらこれからも起こり得ます。その事故率を更に軽減させる鍵は、いかに早く職務に耐えられないB君を見つけてドロップアウトさせるか、いかに早く「逃げる」という選択肢があることを思い出させるかにかかっているのではないでしょうか。

人気ドラマのタイトルでもありますが、『逃げる恥だが役に立つ』という啓蒙活動は、社内事故・社内事件を未然に防ぐ為にも必要なのかもしれません。

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